AIを利用する我々は「知っていることしか依頼できないのか?」「AIを使うことで人類がこれまで考えたことの外に行けるのか?」

AIを利用する我々は「知っていることしか依頼できないのか?」「AIを使うことで人類がこれまで考えたことの外に行けるのか?」

承知しました。AIを利用する我々は「知っていることしか依頼できないのか?」「AIを使うことで人類がこれまで考えたことの外に行けるのか?」という問いについて、哲学的・技術的・実用的な観点から深く考察します。

この研究では、以下のポイントを探求します。

  • AIの知識体系と創造性の関係(既存知識の枠を超えた発想は可能か?)
  • AIと人間の相互作用による新しい問題発見の可能性(発想支援・知の拡張)
  • AIの限界とその超克(人間の創造性との相互補完)
  • 実際の研究や発見におけるAIの役割(科学・芸術・哲学への応用)

AIと未知への探求:哲学・技術・実用の視点から

哲学的視点:知識の構造と未知の探求可能性

古くから哲学者たちは、「人は自分の知っていることしか質問できないのか?」という問題に取り組んできました。プラトンの対話篇『メノン』では、有名な「探求のパラドックス」が提示されています ( Epistemic Paradoxes (Stanford Encyclopedia of Philosophy) )。要約すれば、「もし答えを既に知っているなら質問する必要はないし、答えを知らないなら正しい答えが与えられてもそれと認識できない」というジレンマです ( Epistemic Paradoxes (Stanford Encyclopedia of Philosophy) )。プラトンはこのパラドックスに対し、人間の魂は生まれる前に真理を知っており、学ぶことは想起(アナムネーシス)に過ぎないとする想起説で答えました。つまり未知への問いも可能であり、適切な対話によって潜在的な知を引き出せると考えたのです。

カントの認識論もこの問題に一つの枠組みを与えます。カントは人間の認識には構造的限界があると主張しました。私たちは経験できる事象(現象界)のみを知ることができ、経験不可能な「物自体」や形而上学的問題に対しては確実な知識を持ち得ないと論じています (Kant, Immanuel | Internet Encyclopedia of Philosophy)。実際、「我々は経験し得るものごとについてのみ知識を持ちうる」というカントの回答は、人間の認識の範囲を自然界・現象界に限定するものです (Kant, Immanuel | Internet Encyclopedia of Philosophy)。この見地に立つと、人間がこれまで考えたことの外側(まったく未知の概念や現象)を理解したり問うたりすることには原理的な限界があるようにも思えます。AIも人間が集めたデータに基づいて学習する以上、カント的な意味での「人間の経験の範囲外」にある事柄を直接教えてくれるわけではないかもしれません。しかし、人間の知覚や認知の拡張としてAIを用いれば、経験の範囲自体を広げる可能性も考えられます。例えば、望遠鏡が天体観測という新たな経験領域を拓いたように、高度なAIは大量のデータ解析やシミュレーションによって人間単独では得られない知見を示しうるでしょう。

マルティン・ハイデガーは、人間と技術の関係性について独自の哲学的考察を残しました。彼は有名な論考「技術への問い」の中で、技術の本質は単なる道具ではなく一種の「存在の現れ方(アンベーレン)」であると述べています (What Technology Reveals | Stanford Rewired)。つまり、テクノロジー(道具)は私たちが世界を理解し真理を開示する様式そのものを規定するというのです (What Technology Reveals | Stanford Rewired)。ハイデガーによれば近代技術は世界を「資源的なもの(立ち現われ=存在を蓄えたもの、独: Gestell)」として露呈させ、人間をそれに対峙する存在に位置付けます (What Technology Reveals | Stanford Rewired)。この観点から見ると、AIという技術もまた真理の開示様式を変容させうるでしょう。AIを単なる客体的ツールとみなすのではなく、それ自体が主体的にデータからパターンを「明るみに出す(アンベデン)」存在だとすれば、人間(認識主体)とAI(道具)の境界は曖昧になります。実際、近年の認知科学ではアンディ・クラークとデイヴィッド・チャーマーズによる拡張知能(Extended Mind)の議論があります。彼らはノートや計算機などの外部道具が人間の認知の一部として機能しうると指摘し (Gestalt Error 409 — Extended Creativity: a Human Centered Approach to Working with AI)、AIもまた人間の認知を拡張することで知の主体と客体の関係を変える可能性が示唆されています (Gestalt Error 409 — Extended Creativity: a Human Centered Approach to Working with AI)。つまり、人間がAIを使って未知を探求する時、もはや「AIに何を依頼するか」という一方向の関係ではなく、AIと人間が協働して問いを立て、新たな知を生み出す関係へと移行しつつあるのです。

要約すれば、哲学的には未知の探求は一筋縄ではいかない問題ですが、人類は部分的な知識や比喩・想像力を頼りに未知へ踏み出してきました ( Epistemic Paradoxes (Stanford Encyclopedia of Philosophy) )。AIの登場により、その踏み出し方が変わる可能性があります。プラトン的に言えばAIは我々の魂に内在する知を引き出す対話者たりうるかもしれませんし、カント的に言えば経験の幅を技術的に広げることで人間の知らなかった現象へのアクセスを得る道具ともなりえます。ハイデガー的視点では、人間とAIの関係性そのものが知の在り方を再構成し、新たな真理の開示を可能にする一方で、常に技術に呑み込まれ画一的な見方に陥る危険も孕みます。AIを用いることで人類の思考はどこまで拡張できるのか――それは哲学における人間観・知識観のアップデートを伴う問いだと言えるでしょう。

技術的視点:AIの知識体系・創造性とその限界

技術的観点からは、現在のAI(特に機械学習・生成AI)の動作原理と能力・限界を分析する必要があります。データ駆動型学習が中心である現代のAIは、膨大な既存データからパターンを学習し、それをもとに新しい入力に対して推論や生成を行います。例えば、OpenAIのGPT-3のような大規模言語モデルは数百GB規模のテキストコーパスから単語の出現確率を学び、与えられた文章の続きをもっともらしく予測することで文章を生成します (How Large Language Models Will Transform Science, Society, and AI)。この手法により、AIは驚くほど人間らしい文やプログラムコード、画像を既存知識の組み合わせから生み出すことができます。しかし裏を返せば、AIの知識は訓練データの範囲を本質的に超えないとも言えます。実際、GPT-3には「それまで明示的に学習されていない翻訳タスクを数例の例示だけでこなす」といった汎用的能力も見られますが (How Large Language Models Will Transform Science, Society, and AI)、一方で訓練データに無い事柄についてはもっともらしいが誤った回答を生成したり、偏見・ノイズを含んだ応答をしてしまう限界や弊害も報告されています (How Large Language Models Will Transform Science, Society, and AI)。例えばGPT系モデルは平然と事実無根の内容(ハルシネーションと呼ばれる現象)を生成することがあり、表面的な文法の正しさとは裏腹に内部に真の「理解」を欠いているのではないかという指摘があります (How Large Language Models Will Transform Science, Society, and AI)。

こうした生成AIの知識体系の限界は、「所詮は与えられたデータの模倣に過ぎないのではないか?」という疑問につながります。確かに、画像生成AI(例えばGAN=敵対的生成ネットワーク)は大量の既存画像を学習して新たな画像を産み出しますが、それは学習したパターンの組み替えに基づいています。しかし、この組み替えは時として人間の想像を超える出力を生むこともあります。例えば、GANが生成した芸術作品がオークションで高額落札された例(Christie’sでの「エドモン・ド・ベラミーの肖像」)や、スタイル変換AIが全く異なる芸術様式を融合した独創的な画像を作り出すケースは、AIにも創造性の萌芽があることを示唆しています。計算創造性の研究者マーガレット・ボーデンは創造性を三類型(組み合わせ的・探究的・変容的)に分類しましたが、今日のAIは主に既存要素の組み合わせ的創造性や、ルールに基づく探究的創造性は示せても、前提のルール自体を書き換えるような変容的創造性はまだ難しいと考えられています ( Generative AI enhances individual creativity but reduces the collective diversity of novel content - PMC ) ( Generative AI enhances individual creativity but reduces the collective diversity of novel content - PMC )。実際のところ、生成AIは人間では到底記憶できないような膨大な知識の組み合わせを即座に試行できるため、人間には意外な発想に見えるアウトプットを出すことがあります。しかしそれは既存知の確率的組み合わせの範囲を出ないとも言えます。言い換えれば、現在のAIの創造性は「データの広さと組み合わせ能力」に支えられており、真に斬新で文脈を飛び越えたアイデアを自主的に生み出しているわけではない、という慎重な見方もあります。

一方で、AIによる「発想の飛躍」が実際に起きたと評価される例も存在します。象徴的なのは、DeepMind社の囲碁AI「AlphaGo」が見せたある一手です。2016年の李世ドル九段との対局第2局において、AlphaGoは人類の棋譜に前例のない斬新な手(通称「37手目」)を打ちました。この手は解説者ですら「人間には決して打てない非常に独創的な一手」と評し、李世ドルはその意外性にショックを受けたと言われます (Move 37: Artificial Intelligence, Randomness, and Creativity)。実際、AlphaGoの37手目は囲碁の2500年(作中では5500年)の歴史でも類を見ない新手であり、人間の定石データベースには存在しないものでした (Move 37: Artificial Intelligence, Randomness, and Creativity)。AlphaGoは人間の棋譜を学習してはいますが、自身で何百万局も自己対戦する中で人間が発想しなかった手法を編み出したのです。それを可能にしたのは、人間の直感や常識といったバイアスに囚われず広大な手順探索を行えるAIの特性でした。これは限定的な領域ではありますが、AIが既存の知識体系から独立した新しいアイデアや戦略を創出しうることを示しています。

同様に、DeepMindが開発したアルゴリズム発見AI「AlphaTensor」は、行列計算の新しい高速アルゴリズムを人間の知らなかった方法で発見しました (AI Reveals New Possibilities in Matrix Multiplication | Quanta Magazine) (AI Reveals New Possibilities in Matrix Multiplication | Quanta Magazine)。行列の掛け算を従来より少ないステップで行う計算手順について、1970年代から理論的な最適化が探究されてきましたが、AlphaTensorは人間が長年見つけられなかった計算手順を自動的に見出し、いくつかのケースで既存の最速記録を更新するアルゴリズムを提示したのです (AI Reveals New Possibilities in Matrix Multiplication | Quanta Magazine)。興味深いのは、AlphaTensorが人間の直観に囚われない探索を強みとした反面、その解法の理由を人間に説明できないという弱点も指摘されている点です (AI Reveals New Possibilities in Matrix Multiplication | Quanta Magazine)。すなわち、AIは人間の思い込みに左右されないことで新奇な解を提示できますが、それがなぜ有効なのかを理解・解釈するには依然として人間の分析を要するということです (AI Reveals New Possibilities in Matrix Multiplication | Quanta Magazine)。

以上のように、技術的視点から見ると現在のAIの限界は明確です。AIは膨大なデータの中に埋もれたパターンを抽出し、高速に組み合わせることで「新しさ」を生み出しますが、その新しさは元データに依存しています。また文脈や常識を外れた問題設定自体を見いだすこと(問題発見)は不得意で、人間から与えられた目的や評価関数の範囲内で最適化を行うのが基本です。極論すれば、「人間が知らない問い」をAI単独で発することは難しく、「問い」は人間が設定し、AIはその答えを探索する役割だとも言えます。この点で、「AIを利用する人間は知っていることしか依頼できないのか?」という問いには半分イエスで半分ノーと言えます。イエスな側面は、AIは与えられたデータと指示に忠実なので、人間が問いを与えなければ勝手に未知の課題を探索し始めることはないということです。ノーな側面は、適切に設計されたAIシステム(例えば自律的に仮説を生成・検証するような強化学習エージェントや進化的アルゴリズム)は、人間が予想しなかった斬新な解決策を結果として提示しうるということです。総じて、AIの創造性はまだ人間の支援や設定した枠組みを必要としつつも、その内部で発想の飛躍的組み合わせを実現するポテンシャルを示し始めていると言えるでしょう。

実用的視点:AIと人間の協働がもたらす新知見と限界

実際の応用例を見ると、AIと人間が協働することで新しい問題の発見や解決が起きた事例が増えてきました。科学研究から芸術創作まで、AIは単なる自動化ツールを超えてアイデアのパートナーとして機能し始めています。以下に具体的な例を挙げ、それぞれで「人類がこれまで考えなかったこと」への到達があったか考察します。

以上の事例から明らかなように、AIを活用することで既存の知識の壁を越える成果が少しずつ現れています。特に、データ量が膨大すぎて人間には発見できなかったパターンや、次元が高すぎて人間の直観が働きにくい設計問題などで、AIは人類の思考の射程を広げるツールとなっています (Artificial intelligence yields new antibiotic | MIT News | Massachusetts Institute of Technology)。しかし同時に、こうした成果の多くはAIと人間の協調によって達成されている点も重要です。AIが新たな可能性を提示し、人間がそれを評価・判断して価値ある知識へと磨き上げるプロセスです (Machine learning helps mathematicians make new connections | University of Oxford) (Machine learning helps mathematicians make new connections | University of Oxford)。ゆえに、「AIによって人類がこれまで考えたことの外に行けるか?」という問いに対しては、「AI単独ではなく人間とAIの対話的協働を通じてならば可能性がある」という実用的な回答が導けます。

もっとも、現行のAIには明確な限界もあります。第一に、文脈の理解や常識的判断が弱いため、全くナンセンスな回答や有害な提案をする恐れがあります (How Large Language Models Will Transform Science, Society, and AI)。これは、AIが意味を理解せず統計的関連性で応答しているためで、人間のように経験や価値観に照らして発想の良し悪しを判断できないことに起因します。第二に、AIは報酬関数や評価指標に沿って最適化するため、目的設定そのものを創造することが苦手です。新しい研究課題を定義したり、前例のないゴールを設定するのは依然として人間の役割に留まっています。第三に、AIの内部過程がブラックボックス化しがちであるため、AIが提案した斬新なアイデアの妥当性を人間が直ちには理解できない問題もあります (AI Reveals New Possibilities in Matrix Multiplication | Quanta Magazine)。このため、せっかくAIが画期的な解を出しても人間側がそれを信用できなかったり、見過ごしてしまう可能性があります。

では、こうした限界を超えるにはどうすればよいでしょうか。いくつかのアプローチが考えられています。

  • 人間のガイドによる探索:AIに完全な自律性を与えるのではなく、人間が興味深い問いを設定し、AIがその中で自由に試行錯誤する枠組みが有効です。数学の例では、人間が「このデータ集合から何かパターンが見つからないか」とAIに問いを与え、AIがパターン候補を提示し、人間がそれを評価・精査しました (Machine learning helps mathematicians make new connections | University of Oxford) (Machine learning helps mathematicians make new connections | University of Oxford)。このように人間の直観とAIの計算力のループを回すことで、それぞれ単独では届かなかった領域に踏み込めます。

  • 評価関数の工夫(発見的探索の導入):従来のAIは明確なゴール(勝敗、誤差最小化など)に沿って学習しますが、未知の発見にはゴール自体が不明瞭なことが多いです。そのため、研究者は「ノヴェルティ(新奇性)」を報酬に含める強化学習や、進化アルゴリズムで多様な解を生み出す手法を模索しています。例えば、自動プログラム生成で斬新なアルゴリズムを発見したAlphaTensorの場合、既知のアルゴリズムとの差異や計算効率の向上自体が追求されました (AI Reveals New Possibilities in Matrix Multiplication | Quanta Magazine) (AI Reveals New Possibilities in Matrix Multiplication | Quanta Magazine)。今後は、AIが自律的に「未知の領域を試してみる」よう動機付ける仕組み(人工好奇心探検ボーナスといった手法)を取り入れることで、より大胆な発想の探索が期待できます。

  • 人間の知識との統合:純粋なデータ駆動だけでなく、論理的な知識や物理法則など人間が蓄積してきた知識体系をAIに組み込むことで、的外れな結果を減らしつつも新発見を助けることができます。いわゆるニューロンとシンボルの融合(ニューラルシンボリックAI)は、学習したパターンと明示的ルールの両方を使って推論させるアプローチです。これにより、AIは人間が重視する整合性や妥当性を保ちながら、新しい組み合わせを考案できます。既存知識に照らして「これは現実的に意味がある」「この範囲は未探索だ」といったメタ認識を持てれば、AIもより効果的に未知のアイデアを生み出せるでしょう。

  • 説明可能性の向上:AIが出した結論や提案について、人間が理解できる形で理由を提示させる研究も重要です。Explainable AI (XAI)の発展によって、ブラックボックスの中身が部分的にでも解釈できれば、人間はそれまで受け入れがたかった斬新なアイデアにも納得感を持ちやすくなります。例えばAlphaGoの打ち手の評価や、生成モデルがデザイン提案した根拠を可視化するツールがあれば、人間がAIの発見を検証・応用しやすくなるため、結果的に未知の知識を取り入れるハードルが下がるでしょう。

総合すると、AIを使って人類が「これまで考えたことの外」に踏み出すことは可能かもしれませんが、それにはAIと人間それぞれの強みを活かしたアプローチが必要です。人間は問いを立て価値を判断し、AIは広大な可能性空間を探索して提案を行う。哲学的にはそれは認識主体の拡張であり、技術的にはアルゴリズムとデータの工夫、実用的には協働のデザインによって実現されます。現時点でAIは人間の想像力を補完する存在ですが、将来的にはAI自らが新たな問いを生成し人間がそれに答える、といった逆転した知的パートナーシップも生まれるかもしれません。重要なのは、人間が持つ好奇心と洞察力、そしてAIが持つ計算力とパターン発見能力を統合し、未知への地平を広げていくことでしょう。それにより、人類の知的探求はこれまでの延長線を越え、新たなフロンティアに到達できる可能性があります。

参考文献・出典: プラトン『メノン』、カント『純粋理性批判』、ハイデガー「技術への問い」、Stanford Encyclopedia of Philosophy ( Epistemic Paradoxes (Stanford Encyclopedia of Philosophy) ) (Kant, Immanuel | Internet Encyclopedia of Philosophy)、MIT News (Artificial intelligence yields new antibiotic | MIT News | Massachusetts Institute of Technology) (Artificial intelligence yields new antibiotic | MIT News | Massachusetts Institute of Technology)、DeepMind/Oxford大学ニュース (Machine learning helps mathematicians make new connections | University of Oxford) (Machine learning helps mathematicians make new connections | University of Oxford)、その他学術記事 (How Large Language Models Will Transform Science, Society, and AI) (Move 37: Artificial Intelligence, Randomness, and Creativity)など。