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タイムマシンカメラYesterscapeを発表しました

doshisha

「新しい写真アプリについて考えたこと」でも予告しましたが、iPhoneアプリ、Yesterscapeを発表しました。
iTutnesから無料ダウンロードできます。
その場所その時間に、撮影した写真を残すことができます。
時が過ぎてもまるでタイムマシンみたいに、その瞬間の光景が見られます。

家族や友達、他の人の写真、また歴史的な風景も、その場所の思い出を見ることが出来ます。

アグリゲーション的な機能などもありますが、写真体験自体を変えたいと思って作りました。
その点で、「写真術以前のカメラ」になり得たのではないかと思っています。

アイデアから10数年、コンペ応募や特許出願からも5年近くかかってしまいましたが、ようやく完成しました。
まだ搭載していない機能もありますので、月刊Yesterscapeを目指してがんばって行きたいと思います。
コンセプトや紆余曲折の詳細はブログまたで書こうと思います。
よろしくお願いします

新しい写真アプリについて考えたこと

ほんの10年ちょっと前はデジタルカメラと携帯は別のものでしたし、デジタルカメラもまだ性能が悪くて、いまのiPhoneで撮影できる程度の写真を撮るのさえかなり難しいことでした。だからちょっと写真に本気な人はまだフィルムカメラを使っていて、僕もその当時はおじさんに借りたハッセルで(まだ借りたままです)写真を撮っては、脱衣場に無理矢理設置した暗室で写真をプリントしたりしてました。

 

暗室でのプリント作業は、濡れるし臭いし、今思うとよくそんなにめんどくさいことが出来たと思うくらいめんどくさい作業ですが、それだけに作業はちょっと魔術的でもあります。赤い光の中で現像液に浸した印画紙に像が浮かび上がってくる様子は、撮影の瞬間を追体験しているかの様だったりもして。

だから

そこに存在した現実の物体から、放射物が発せられ、それがいまここにいる私に触れにやってくるのだ。伝達に要する時間は大して問題ではない。消滅してしまった存在の写真は、あたかもある星から遅れてやってくる光の様に、私に触れにやってくるのだ。撮影されたものの肉体と私の視線とは、へその緒の様なもので結ばれている。光はまさしく肉体的媒質であり、一種の皮膚であって、私は撮影された男や女とそれを共有するのである」(*)

という、なんだかEPR相関についてのアスペの実験みたいなバルトの言葉は、複雑な過程を経て対象が定着された、モノとしての写真を眺める体験の神秘的な感じを非常にうまく表現していました。

デジタル写真でも撮影し、見る、という部分は同じであるはずですが、心理的には全然違うようです。簡単に撮影消去できて、コストがかからずたくさんのバージョンが出来てしまうと、意味とか認識とか言った価値は失われてしまっている様に感じられるのです。

また、デジタル写真では、どこかに記録されているデータをそれぞれ異なったデバイスで再生して見ている訳ですから、モノとして手に取って眺めることはあまり行われなくなってしまっています。これは音楽から儀式(慎重に針を落とす)やモノ(レコード、CD)を無くした結果、神秘性が失われてしまったのとよく似ています。

写真がもっと主観的な体験だった時代、写真をなでたりさすったり燃やしたり(もっと過激なことも)してたことを考えると本当にもったいない。

「人々はそこに含まれている象徴の豊かさを見て小躍りせずにはいないであろう。なにしろ、愛する人の肉体が、ある貴金属、つまり銀(記念するためのものでもあり豪奢なものでもある)を媒介として不滅のものとなるのである。しかもその金属は「錬金術」が扱うあらゆる金属と同じ様に、生きている、という考えが、さらにそこに付け加えられることであろう。」(*)

みたいに。

でも、残念ながらもう遅い。

モノとしての写真にリアリティを感じられる時代は終わるしかないのでしょう。

テレビから砂嵐がなくなっちゃったり(これもかつて豊かな意味を持っていました)一般の人がCDやレコードを買うことがなくなりつつあるように、ほとんどの人がスマホで撮った写真をスマホのスクリーンで眺める様になり、「写真という現象が大いなる神秘的体験」(**)だった時代は、既に失われてしまったのです。

次の写真アプリ

 

僕たちアプリ開発者は何か出来るでしょうか?

マンガカメラや、目を大きくしたり美白にしたりするのは別の話として、インスタグラムやデコは回答の一つだったのかもしれません。

失われちゃった意味の代わりに「意味のようなもの」を付け加えるサービスがインスタグラムで、写真をパーソナライズすることで、親密なものにするのがデコなのかもしれません。でもこういうものは嘗て一世を風靡したカラー彩色された写真を思わせます。

「私はカラー写真があまり好きにはなれないのである。…その色彩は写真家のアトリエに所属していた細密画家によって、あとから付け加えられたものである。それと全く同様に、写真の色彩はすべて、白黒写真の始原的な真実に後から塗られた塗料である、という印象を私は常に抱く(実際にそうであるかどうかはたいした問題ではない)…私にとって重要なのは、撮影された肉体が、付け足しの光によってではなく、その本来の光線によって私に触れにやってくるという、確かな事実なのである。」(*)

(photoshopで加工されまくってツルツルのお肌のアイドル写真集も、あんまり魅力ないですよね)

ではあり得るアプリは?

昨年僕たちはTwoShotというアプリを出しました。これは写真の楽しみ方を少しかえるにしても、上で考えてきた様な意味を持てるようなものではありません、でも、僕たちはまだいくつかアイデアを持っています。

一つはデジタルカメラ移行期以前、15年以上に考えたもので、「写真術登場以前のカメラ」です。禅の公案みたいですね。

結構時間をかけて開発して来ましたが、もうすぐ発表出来ます。

adams